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神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)747号 判決

原告

中川勝三郎

右訴訟代理人弁護士

小野昌延

芹田幸子

被告

日本シグマックス株式会社

右訴訟代理人弁護士

福田拓

主文

被告は、別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を同目録記載の要領で、同目録記載の新聞紙に、各一回宛掲載せよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一  申立

一  原告

1  被告は、別紙イ号目録記載の肋骨骨折固定帯を業として譲渡し、譲渡のために展示してはならない。

2  被告は、その所有にかかる別紙イ号目録記載の肋骨骨折固定帯を廃棄せよ。

3  被告は原告に対し、別紙原告請求謝罪広告目録記載の内容の謝罪広告を同記載の要領で、同記載の新聞に各一回、掲載せよ。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  1、2項につき仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  主張

一  請求原因

1  原告は左記登録意匠(以下「本件意匠」という。)の意匠権者である。

出願 昭和四五年九月一〇日(意願昭四五―三〇六五〇)

登録 昭和五二年二月二四日(第四五〇一七九号)

意匠に係る物品 肋骨骨折固定帯

登録意匠 別紙(一)の図面(本件意匠の願書および願書に添付した図面―手続補正書を含む。)に記載のとおり。

2  しかるところ、被告は業として別紙イ号目録記載の肋骨骨折固定帯(以下「イ号製品」といい、これに使用されている意匠を「イ号意匠」という。)を昭和五六年四月頃からリブバンド・デラックスハードタイプの名称で販売している。

仮にイ号製品の販売を中止したとしても、被告はイ号製品による本件意匠の侵害を争い、被告の製品カタログにもイ号製品の写真を掲載してこれを販布しているから、原告には差止の必要性がある。

3  イ号意匠は以下にのべるとおり本件意匠の類似範囲に属するものである。

A 本件意匠の構成とその特徴

(一) 構成

(概括的構成)

(1) 横巾が縦巾の約七倍程度の横長の薄い帯状体であつて

(2) ループ地部(ループすなわち環状糸を表面一杯に形成した布部)、伸縮性通気性布部およびマジックテープ部(鈎形硬毛が植設されたテープ)の三部からなつており

(3) その三部間の比率は、ループ地部が最も大きく約半分以上を占め、伸縮性通気性布部がこれに次ぎ、マジックテープ部が最も小さく

(4) ループ地部は平面側がループ地で底面側がタオル地であり、伸縮性通気性布部はスパンデックス等伸縮性通気性布一枚よりなり、マジックテープ部は底面側がマジックテープで平面側はスパンデックス等伸縮性通気性布でできている構成の肋骨骨折固定帯である。

(具体的態様)

(1) 全体の形状

(a) 全体の形状は縦横の比が右端の縦巾を一とすれば約一対七の比よりなる薄い帯状体であり、

(b) 右方のループ地部、中央の伸縮性通気性布部および左端のマジックテープ部の三部からなつており

(c) ループ地部の縦巾は伸縮性通気性布部およびマジックテープと同じくらいである。

(2) ループ地部

ループ地部は別紙図面(一)中の平面図によれば右方に位置し、

(a) 縦横の比が約一対四の比よりなる横長矩形であり、

(b) 適当な硬さの芯材を中層とし、平面側はループ(環状)を表面全体に形成した軟質布で、底面側はタオル地で包被している。

(c) 平面側も底面側も明色である。

(d) 平面側にも底面側にもその全周に点線状の縫目が見える。

(3) 伸縮性通気性布部

伸縮性通気性布部はループ地部の左すなわち中央に位置し、

(a) 縦横の比が約〇・九三対二・五の比からなる横長矩形であり、

(b) ストレッチ織布、スパンデックス等の伸縮性通気性布一枚でできている。

(c) 平面側も底面側も明色である。

(d) 厚さは前記の比で約〇・〇六である。

(4) マジックテープ部

マジックテープ部は左端に位置し

(a) 縦横の比が約〇・九三対〇・六の縦長矩形であり

(b) 平面側は中央の伸縮性通気性布部と一体のストレッチ織物、スパンデックス等の伸縮性通気性布であり

(c) 底面側には全面にマジックテープ(先端が鈎形をした硬毛が植設してある布)が縫いつけられている。

(d) 平面側も底面側も明色である。

(e) 全周に点線状の縫目がある。

(f) 厚さは前記の比で約〇・一である。

(二) 本件意匠の特徴

本件意匠の基本的特徴は、全体の形状は横巾が縦巾の約七倍程度の横長の薄い帯状体であつて、それが(1)全体の約半分強を占める横長矩形(縦横の比は約一対四)のループ地部、(2)その左側にあつてループ地部についで大きく全体の約四割強を占める横長矩形(縦横の比は約〇・九三対二・五)の伸縮性通気性布部、(3)左端に位置し全体の一割弱を占める縦長矩形(縦横の比は約〇・九三対〇・六)のマジックテープ部の三部からなることになり、その全体のプロポーションと右三部分の構成比率が全体として看者に独得の審美感を与えるものである。

B イ号意匠の構成

(概括的態様)

(1) 横巾が縦巾の約五倍程度の横長の薄い帯状体であつて

(2) ループ地部(ループすなわち環状糸を表面一杯に形成した布部)、伸縮性通気性布部およびマジックテープ部(鈎形硬毛が植設されたテープ)の三部からなつており

(3) その三部間の比率は、ループ地部が大きく約半分以上を占め、伸縮性通気性布部がこれに次ぎ、マジックテープ部が最も小さい。

(4) ループ地部は平面側がループ地で底面側がタオル地であり、伸縮性通気性布部は伸縮性通気性布一枚よりなりマジックテープ部は底面側がマジックテープで平面側が伸縮性通気性布でできていることを基本構成とする肋骨骨折固定帯である。

(具体的態様)

(1) 全体の形状

(a) 全体の形状は縦横の比が右端の縦巾を一とすれば約一対五の比よりなる帯状体であり、

(b) 右方のループ地部、中央の伸縮性通気性布部および左端のマジックテープ部の三部からなつており、

(c) ループ地部の縦巾は伸縮性通気性布部およびマジックテープ部とほぼ同じ位である。

(2) ループ地部

別紙イ号目録中の平面図によれば右方に位置し、

(a) 縦横の比が約一対三の比からなる上下の角に円みをもたせた横長矩形であり、

(b) 平面側はループ地で底面側はタオル地でできており周部は綿テープで縁取りされている。

(c) 底面側に縦横の比が約一対〇・一の矩形状の綿テープがループ地とタオル地の接続部たる中央部に縫いつけられている。

(d) 平面側、底面側および綿テープはいずれも明色である。

(e) 平面側と底面側とをつらぬいて上下をほぼ等間隔に分かつ地色と同じ明色の点線状縫目があり、これらは左右をつらぬいている。

(3) 伸縮性通気性布部

伸縮性通気性布部はループ地部の左すなわち中央に位置し、

(a) 縦横の比が約一対二の比よりなる横長矩形であり、上下の角に円みをもたせてある。

(b) 伸縮性通気性布一枚でできており、伸縮性通気性布テープで縁取りされ、地色と同じ明色のジグザグ模様の縫い目が平面と底面をつらぬいている。

(c) 平面側も底面側も明色である。

(4) マジックテープ部

マジックテープ部は左端に位置し、

(a) 平面側は中央の伸縮性通気性布部と一体の伸縮性通気性布であり、

(b) 底面側には縦横の比が約一対〇・三の矩形で、左上下の隅を伸縮性通気性布の角の円みに副わせて、わずかに隅切りされている。

(c) 平面側も底面側も明色である。

(d) この部分も全周に地色と同じ明色のジグザグ縫目がある。

C 本件意匠とイ号意匠の対比

イ号製品は本件意匠に係る物品と同じ肋骨骨折固定帯である。

両意匠の共通点、相違点を概観すると、以下のとおりである。

(一) 概括的態様について

両意匠の全体形状は、その縦横の比をみると、本件意匠では約一対七であるのに対し、イ号意匠では約一対五であり、多少の相違はあるが、次の点で全く共通している。

(1) 横巾が縦巾の約五ないし七倍程度の横の薄い帯状体であつて、

(2) ループ地部(ループすなわち環状糸を表面一杯に形成した布部)、伸縮性通気性布部およびマジックテープ部(鈎形硬毛が植設されたテープ)の三部からなつており、

(3) その三部間の比率は、ループ地部が最も大きく約半分以上を占め、伸縮性通気性布部がこれに次ぎ、マジックテープ部が最も小さい。

(4) ループ地部は平面側がループ地で底面側がタオル地であり、伸縮性通気性布部はスパンデックス等伸縮性通気性布一枚よりなり、マジックテープ部は底面側がマジックテープで平面側はスパンデックス等伸縮性通気性布でできていることを基本構成とする肋骨骨折固定帯である。

(二) 具体的態様について

(1) 全体形状の比較

(a) 全体の形状は薄い帯状体であつて、縦横の比に多少の差はあるが大変近いプロポーションである。

(b) 全体を機能に基づいて横に三部に分けられるが、右方がループ地部、中央が伸縮性通気性布部、左端がマジックテープ部となつていることも両意匠は同じである。

(c) ループ地部の縦巾と伸縮性通気性布部およびマジックテープ部の縦巾との比に多少の差はあるが、ループ地部の縦巾が伸縮性通気性布部およびマジックテープ部の縦巾とほぼ同じということは両意匠共通している。

(2) ループ地部の平面および底面の比較

(あ) 共通点

(a) ループ地部は右方に位置している。

(b) 縦横の比が本件意匠とイ号意匠ではその分量比がほとんど同じであり、またこの物品の横の全長に対するこの部分の比率は非常に近い。

(c) 平面側はループ地で、底面側はタオル地でできている。

(d) 平面側も底面側も明色である。

(い) 相違点

(a) イ号意匠にはその底面側のほぼ中央部に縦横の比が約一対〇・一の矩形状の地色と同じ明色の綿テープが縫いつけられているが、本件意匠にはこれがない。

(b) 縫目が本件意匠では点線状でこの部分の全周にあるが、イ号意匠では縫目は地色と同じ明色であり、かつ平面側と底面側とをつらぬいて上下をほぼ等間隔に分かつ地色と同じ明色の点線状縫目があり、これらは左右をつらぬいている。

(う) 共通点、相違点の比重

綿テープの有無は共通点として挙げた諸点に比べるとごくわずかな相違にすぎず、意匠周辺のテープ縁取りおよび縫目は地色と同じ明色であつて目立たない。

したがつて、両意匠のループ地部の平面および底面は共通性の方が勝つており、看者に特別に差異があるという印象を与えない。

(3) 伸縮性通気性布部の平面および底面の比較

(あ) 共通点

(a) 伸縮性通気性布部はループ地部の左すなわち中央部に位置すること。

(b) 縦横の分量比が近い。

(c) ストレッチ織物、スパンデックスの伸縮性通気性布一枚でできている。

(d) 平面側も底面側も明色である。

(い) 相違点としては強いてあげれば縦横の分量比の相違があるが、この程度の相違はむしろ共通点として考えられる。

(4) マジックテープ部の平面および底面の比較

(あ) 共通点

(a) マジックテープ部が左端に位置する。

(b) この物品の横全長に対するこの部分の比率は比較的近い。

(c) 平面側は中央の伸縮性通気性布部と一体のストレッチ織物、スパンデックス等の伸縮性通気性布であり、底面側にはマジックテープが縫いつけられている。

(d) 平面側も底面側も明色である。

(い) 相違点

(a) マジックテープ部の形は、本件意匠では縦横の比が約〇・九対〇・六の縦長矩形であるのに対して、イ号意匠では底面の縦横の比が約一対〇・三の縦長矩形の左上下の隅をわずかに隅切りとした矩形である。

(b) 本件意匠ではその全周に点線状の縫目があるのに対して、イ号意匠ではそのループ地点は点線状の縁取りで、伸縮性通気性布の周囲はジグザグ縫目があるが両方とも地色と同じ明色である。

(う) 共通点、相違点の比重

マジックテープ部の形の相違は、マジックテープ部の形を異にするものが類似意匠として登録されていることからすると類似性を否定するほどのものではない。

縫目の相違は、縫目が地色と同じものでありほとんど目立たないから、ごく小さな差異にすぎない。

D 両意匠の類否考察

本件意匠とイ号意匠の間には、補強部の有無、マジックテープ部の形、縫目の相違等若干の相違点があるが、右相違点は、全体のプロポーション、前記三部分より構成されていること、前記三部分の比率等本件意匠の基本的特徴と共通した特徴を有していることに比べるとごく些細なものにすぎず、右特徴の共通点こそが大きく評価され、相違性より共通性がはるかに強いから、イ号意匠は本件意匠に類似する。

4  原告は、肋骨骨折固定帯を開発して、皮膚に対する安全性に気を配り、厚生省等関係官庁及び諸病院から指定治療材の認定を受けたり、その有効性安全性を周知させるために努力してその普及を図つた結果、原告の本件意匠の実施製品である NAKAGAWA TORAKO BAND(以下「原告製品」という。)は著名なものとなり、肋骨骨折固定帯といえば原告経営のオルト産業の製品であるという一般的認識さえ得るに至り、右製品は原告の営業の大部分を占め、その信用を維持するために右製品は意匠権の実施品である旨病院にも言明していた。ところが、被告が原告の取引先にまでイ号製品を販売し、昭和五七年秋頃には安売攻勢をかけ始めたために、原告は、取引先から値引を強く要求されただけでなく、イ号製品は本件意匠を侵害したものであるという原告の弁明も虚偽であるかのように受け取られてきており、原告の業務上の信用は大きく毀損され、その無形的損害は大であり、それを回復するためには謝罪広告が必要である。

5  よつて、原告は被告に対し、イ号製品の業としての譲渡と譲渡のための展示の差止、イ号製品の廃棄及び別紙原告請求謝罪広告目録記載のとおりの謝罪広告を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は、過去において被告がイ号製品を販売していたことを認めるが、現在は販売していない。

3  同3の事実中、Aは知らず、Bは否認し、C、Dは争う。

4  同4の事実は否認ないし争う。

三  被告の反論

1  被告は、昭和五七年一二月頃にはイ号製品の販売を中止し、それ以後は昭和五六年九月二五日出頭にかかる別紙(二)記載の意匠(意願昭和五六―〇四二五二九、以下「被告新意匠」という。)に基づくリブバンドハードタイプの新製品(以下「被告新製品」という。)を販売しており、右意匠はつぎのとおり一端に二股突出片を有する点で本件意匠と類似していないことは明らかであるから、原告の差止及び廃棄請求は理由がない。

(一) 基本的態様

一端に二股突出片を有する縦横比約五・三対一の縦長帯状体より成る肋骨骨折固定帯

(二) 具体的態様

(1) 全体の約五六パーセントを占めるループ地と全体の約四四パーセントを占める透光性生地部の二部から成り、

(2) 該ループ地部は縦横比約三対一のほぼ長方形状をしており、

(3) 該透光性生地部は縦横比約二・三対一の下部短辺部中央より内方に長辺長の約三分の一ほどの切込を設けて二股状突出片が形成され、

(4) 該切込終結部には三角形状の非透過性片が縫合され、

(5) 該二股状突出片の先端部にはそれぞれ全体の約一・五パーセントを占めるマジックテープ部が形設せられている。

2  被告代表者鈴木廣三らが昭和五六年一〇月一二日に原告に対して、被告新意匠の登録出願を伝え、イ号製品の在庫品がなくなり次第被告新製品に切り換えて販売することで原告の了解をえて、その後しばらく原告からの異議もないことから、イ号製品販売について両者間で円満に解決していたのであるから、原告の請求には理由がない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が本件意匠の意匠権者であること及び被告が過去においてイ号製品を販売していたことは当事者間に争いがない。

二そこで、イ号製品が本件意匠に類似するか否かにつき検討するに、イ号製品が本件意匠に係る物品と同じ肋骨骨折固定帯であることは当事者間に争いがないので、専らその意匠の類否について考える。

1  本件意匠の構成

〈証拠〉によれば、本件意匠の構成は原告主張(請求原因3A(一))のように分説しうることが認められる(ただし、ループ地部の縦巾は伸縮性通気性布部およびマジックテープ部のそれより少し広い。)

2  本件意匠の特徴

右認定の本件意匠の構成及び弁論の全趣旨に照らせば、本件意匠の特徴は、横長の薄い帯状体であり、全体形状が縦横比約一対七の長方形状のプロポーションを有し、ループ地部、伸縮性通気性布部及びマジックテープ部の三部から成り、右三部分が平面図において右の順序で右側から配置し、ループ地部(縦横比約一対四)が最も大きくて約半分強を占め、伸縮性通気性布部(縦横比約〇・九三対二・五)が約四割弱を占め、マジックテープ部(縦横比約〇・九三対〇・六)が約一割弱を占める比率であることにあり、看者は右のような形状、プロポーション及び構成比率から全体として独特の審美感を感得するものと解される。

3  イ号意匠の構成

イ号製品であることに争いのない検甲第一号証によれば、イ号意匠の構成は原告主張(請求原因3B)のように分説しうることが認められる(ただし、ループ地部の綿テープとループ地及びタオル地は同系統の明色であり、マジックテープ部の平面側伸縮性通気性布の周囲にも伸縮性通気性布テープが縫いつけられており、伸縮性通気性布及び伸縮性通気性布テープは同系統の明色である。)。

4  本件意匠とイ号意匠の類比

そこで、本件意匠とイ号意匠を対比してみると、全体の縦横比でみると本件意匠の方がやや横長であり(本件意匠では約一対七であるのに対し、イ号意匠では約一対五である。)、縦巾に関してもわずかな差異がある(本件意匠では、ループ地部が他の二部と比べて少し広いのに対して、イ号意匠ではほとんど同一である。)けれども、いずれも横長の薄い帯状体であり、各部の占有比率はほとんど同一であるといつてよく、全体としては、イ号意匠は本件意匠中の前示特徴をすべてそのまま備えていることは明らかであつて、そのことがイ号意匠を看る者に本件意匠について前述と同一の印象を与えているというべきである。

そして、両意匠のその他の相違点、すなわち(一)綿テープ及び伸縮性通気性布テープの有無(本件意匠には無い)(二)縫目の相違(本件意匠においては、ループ地部及びマジックテープ部の各全周に点線状縫目、イ号意匠においては、ループ地部には上下をほぼ等間隔に分かつ点線上縫目、伸縮性通気性布部及びマジックテープ部にはジグザグ模様縫目がある。)、(三)ループ地部及びマジックテープ部の隅の形の相違(本件意匠においては隅は直角に角張つているのに対して、イ号意匠ではいずれも円みを帯びている。)の相違は、以下のとおり、本件意匠とイ号意匠の類似性を否定するほど決定的なものとはいえない。

(一)  綿テープ及び伸縮性通気性布テープは、それらが取り付けられているループ地及びタオル地並びに伸縮性通気性布と同系統の明色であり、縫目も、その模様に差異があるものの縫い取られる素地と同色のものであつて、いずれもその形状、大きさにおいて前記両意匠の特徴的部分に関する共通点から生ずる印象を失わせるほどの要素になつているとは認められない。

(二)  ループ地部及びマジックテープ部の隅の形は明らかに異なるものの、隅という限られた部分にすぎず、その形状及び大きさからみても、イ号意匠は円みを帯びた隅の部分が本件意匠との類似性を否定するに足りるほどの視覚的効果を有するものとは認められず、とくにマジックテープ部については、〈証拠〉によれば、マジックテープ部の形を異にするものが類似意匠として登録されていることが認められるから、隅の形をもつて類似性を否定することはできないというべきである。

5 以上より、イ号意匠は本件意匠と同一であるとはいえないが、類似することは明らかである。

三そこで、イ号製品の差止及び廃棄の当否につき検討するに、〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和四五年九月一〇日に本件意匠の意匠登録を出願し、昭和五一年九月三〇日の査定を経て、昭和五二年二月二四日に登録がなされ、その後一ないし五番の類似意匠の登録がなされた。そして原告は、本件意匠登録を出願した直後から、本件意匠による肋骨骨折固定帯(原告製品)を製作し始め、固定箇所の皮膚かぶれの原因となる絆創膏を使用していないこともあつてその売行きはよく、その販売額は当初原告の営業全体の約七割を占め、昭和五九年頃でも金体の売上高約二億五〇〇〇万円のうちの約四割を占め、その頃までに大凡一〇〇万枚以上を販売する原告の主力商品であつた。また、原告は当初から健康保険の給付対象用具となるように関係官庁に働きかけるとともに、昭和五〇年頃からは意匠権についても原告製品の広告中に掲載するようになつた。

2  ところが、被告は、昭和五六年四月頃から本件意匠に類似するイ号意匠によるイ号製品(リブバンドハードタイプ)の販売を開始した。これを知つた原告が昭和五六年八月五日頃、被告に対して、イ号製品の意匠は本件意匠に酷似しているから製造販売を中止するよう警告し、販売数量の確認、損害賠償の協議を求めたところ、被告代表者鈴木廣三は同年一〇月頃、原告に対して、被告の方では本件意匠に類似しないような新しい意匠を考えていることを伝えて、すでに製造したイ号製品の在庫品の販売について了解を求めたが、結局は両者の間で、イ号製品の取扱、損害賠償等の具体的な話し合いはまとまらなかつた。

3  被告の方では、原告との紛争の拡大を避けるたために、伸縮部分の一部が二股に分かれる被告新意匠を創作し、昭和五六年九月二五日にその意匠登録を出願し(出願番号昭五六―〇四二五二九)、同年一〇月頃には丸光産業株式会社に被告新意匠による製品の見本を製造させたところ、右製品は、機能的な面でも、胸部の上下で圧迫固定する力を調整できるなど、二股に分かれていない製品にはない利点もあることがわかつた。被告は、被告新製品の製造に伴い、被告新製品をリブバンド〈肋骨固定帯・ソフトタイプ〉として掲載し意匠登録出願済と説明が加えられている自社の製品カタログ第三巻、第四巻を製作領布し、さらに原告からの指摘を受けて、リブバンドハードについても被告新製品の写真を掲載するカタログに変更するだけでなく、被告新製品の写真にリブバンドハードタイプ、ソフトタイプと名称が付けられているパンフレットを作成し、イ号製品の包装箱として製造した紙箱に被告新製品の図入の使用方法を記したシールを新たに貼りつけて被告新製品の外箱とした。

4  被告は、昭和五七年頃、原告の取引先を含む医療器具販売業者に対して、イ号製品の廉価販売を行つた。原告は、そのため、外科医等からイ号製品の販売によつて苦情を言われたことはないものの、右取引先から同じ意匠の製品なのに原告製品は高価であると値引を要求されて、これに応じざるをえなくなつた。右のようなこともあつて、原告は、昭和五八年五月頃に被告に対して再び警告し、京阪神地区での被告の肋骨骨折固定帯の販売を中止するよう求めたところ、被告は代理人を通じて金員による円満解決の意向を示し、代理人から同年一二月初頃には金額を提示し、原告の方でも金員を要求したが、結局解決のつかないまま本訴に至つた。

5  ところで、被告は、昭和五六年一〇月二〇日頃のイ号製品の在庫数四三二個を昭和五七年末頃に売却し尽し、それを含めて昭和五六年四月の販売開始以降イ号製品を一二〇〇余個販売し、その売上高は大体一五〇万円程であり、昭和五八年以降は被告新製品を販売しているが、一ヵ月当たりの新製品の販売額は約一〇万円であつて、被告の年間売上高約九億円と比べると小さく、肋骨骨折固定帯は被告にとつて重要性の低い商品である。

以上の事実が認められ、右認定に反する格別の証拠はなく、〈証拠〉によれば、原告が昭和五八年一二月二四日に日本メディコ株式会社からイ号製品を入手していることが認められるものの、被告代表者尋問の結果から認められる、同社が被告と直接取引関係がないこと、原告が前記日時に入手したイ号製品を同社が何時保持したものか不明であることと対比すれば、右認定の被告がイ号製品の販売を中止したとの事実を覆すに足りるものではない。

右認定事実によれば、被告は、原告から警告を受けて、その当時のイ号製品の在庫数を昭和五七年末には完売したこと、被告新意匠を創作するとともにそれに基づく被告新製品を製造販売し、そのカタログ、パンフレット、外箱も作成していること、右新製品は機能上も利点を有していること、肋骨骨折固定帯は被告の営業にとつて販売額も小さく重要度の低い商品であること、被告は原告との交渉において金員による円満解決の意向を示していたことが認められ、それに加えて、被告は本件意匠とイ号意匠の類似性につき一応は争つているものの、イ号意匠の構成又は両意匠の類否につき特に主張するところがなく、正面から争つているわけではないこと等の事情に鑑みれば、被告はすでにイ号製品の製造販売を中止し、肋骨骨折固定帯については被告新製品を製造販売していることもあつて、今後においてイ号製品を製造販売するおそれはないと認めるのが相当である。

したがつて、イ号製品の譲渡及び譲渡のための展示の差止並びにイ号製品の廃棄の請求には理由がない。

四次に、謝罪広告の当否につき検討するに、前記認定事実のうちの、原告の営業における原告製品の占める割合、値引要求による原告の損失、イ号製品の販売数、さらに、二で検討した本件意匠とイ号意匠の類似の程度に加えて、本件訴訟において原告は損害賠償を求めていない等の事情を斟酌し、他方、被告はすでにイ号製品の製造販売を中止していること及び原告の毀損された信用は直接には取引先である医療用具販売業者に対するものに限られていることを併せ考えるなら、原告の信用回復のための措置として、別紙謝罪広告目録記載のとおりの謝罪広告(なお、掲載の新聞紙等は、一般の新聞紙までの必要性はなく、原告製品、イ号製品の主な販路である業界に関係する新聞紙にかぎるのが相当。)を認めるのが相当である。

五以上のとおり、原告の本訴請求は、右に認定した謝罪広告の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用につき民訴法九二条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官坂詰幸次郎 裁判官岡原 剛、同栂村明剛は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官坂詰幸次郎)

別紙(一)〈省略〉

別紙(二)〈省略〉

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